日本代表は本当に「強くなっている」のか?Eloレ―ティングの観点から検討する

 2018年、2022年と2大会連続でワールドカップベスト16入りを果たし、欧州でプレーする選手の数も年々増えてきていることで、「着実に日本代表は強くなっている」と評する声が巷で聞かれるようになってきている。特に今回はドイツとスペインに勝利しクロアチアともPK戦までもつれたとあって「歴代最強」の呼び声も高い。

しかし本当に以前と比べて強くなっているのだろうか?海外組の数が増えたと言っても、単に昔は欧州に行かなかったようなレベルの選手まで移籍するようになっただけかもしれない。昔の選手と比べて競技レベル、技術レベルは上がってるとしてもそれは全世界のサッカー界で共通なわけであって、結局のところ「世界の中での相対的な強さ、立ち位置」が上がってなければ意味がない。そこでEloレーティングを使ってそれらを検証してみようというのが今回のテーマだ。

 

 EloレーティングについてはFIFAランキングの解説をした前回の記事でも触れている。

keitai-tenno.hatenablog.com

基本的に現行のFIFAランキングはEloレーティングと同じ仕組みを採用しているのだが、記事に書いてあるようにいくつかの欠陥がある。なにより計算方法が変わったのが2018年からなので、それ以前との比較には使えない。

まずEloレーティングの概要について簡潔に説明していこう。Eloレーティングは「強さ」を数学的に指標化したものだ。基本的には勝てば上がるし負ければ下がる。ただしレートがどのくらい上がるか下がるかは対戦相手とのレート差によって変動する。例えばレートが同じくらいの相手との対戦であれば、どちらが勝ってもレートの変動は同じような数値になる。逆にレート差が大きい場合、レートが高い方が勝ったときはほとんどレートは変わらないが、低いほうが勝った場合には一気にレートが上がる。つまり単純な勝ち負けだけでなく、対戦相手の強さを考慮して勝敗の確率を予想し、その予想からかけ離れた結果になるほどレートの変動も大きくなるということだ。そうやって対戦を繰り返すごとにレートは変動し、現在の実力を表す適正値に収束していく。

例をあげてみよう。2022年12月30日時点のアルゼンチン代表のEloレーティングは2143、日本代表は1850だ。この二者のレート差は293だが、これを勝率に換算するとおよそアルゼンチンの勝ち76%、引き分け17%、負け7%というふうになる。当然アルゼンチンが圧倒的に有利と評価されているので、アルゼンチンが勝ってもあまりレートは変わらないし、日本が勝てば大きくレートが上がる。ちなみにこのようにレート差が大きい場合は引き分けでもそれなりにレートが変動する。

 

 今回参照しているのはWorld Football Elo Ratingsというサイトだ。このサイトでは世界中のあらゆる代表戦の結果からEloレーティングを算出し随時更新している。計算方法にもいくつか特徴があり、

ホームアドバンテージを考慮している(ホーム側にレートを加算して計算される)

②公式戦の係数を高く、親善試合や非公式戦は低く設定している(係数が高いほどレートの変動も大きくなる)

③勝ち負けだけでなく点差も考慮される(点差が大きいほどレートの変動も大きくなる)

という感じだ。②はFIFAランキングでも同様の仕組みが採用されており、大陸選手権やワールドカップではレートの変動が大きい。

ではさっそく日本代表のEloレーティングの推移を見てみよう。以下は2000~2022年の変遷をグラフ化したものだ。

ちょっと文字が小さくて読みにくいかもしれないので拡大して見てほしい。まずパっと見で気が付くと思うが、「日本代表、別に強くなってないやん」と。そう。レーティング的には別に右肩上がりでもなんでもなく、今が過去最高というわけでもない。ここでもう記事の結論は出ちゃってるわけだが…まぁもう少し掘り下げていこう。

全体としては右肩上がりではないが、序盤の2000年から2001年にかけてはめちゃくちゃ右肩上がり。というかこの傾向は90年代から始まっていて、Jリーグ発足の頃から急激に強くなっているのだ。1992年6月のレートはなんと1362しかなかった。今で言えば北朝鮮とかタイとかそのあたりのレベル。そこからの10年で500くらいレートを上げてるわけだから、これは世界にもなかなか類を見ないくらいの超絶レベルアップだ。つまり90年代から00年代にかけての日本代表は間違いなく強くなっていた。ただそこからの20年間が頭打ち状態なのだ。日本経済と似とるね…。

2001年8月にはAFC-OFCチャレンジカップでオーストラリア代表に3-0で快勝し、レート1888を記録している。これが日本代表史上の最高値で、いまだに更新できていない。日本代表は1900の壁を越えたことがないのだ。そして少し右を見ると、ワールドカップ2002でベスト16と書いてある。ちょっと待ってくれ、ベスト16なのになんでレートがガクっと落ちてるんや?と。よく見ると2006、2014、2018などワールドカップのたびにレートが下がっている。グループリーグで敗退した2006、2014はともかく、2002や2018は決勝トーナメントまで勝ち上がったのになぜこうなるのか?

これは「ワールドカップが終了するときは大体負けで終わっている」からだ。Eloレーティングはベスト16とかベスト8とかの大会成績ではなく、あくまでも1試合ごとの勝敗結果に基づいて算出される。2002年はロシアとチュニジアに勝ちベルギーに引き分け、トルコに負けの2勝1分1敗。さらに日本のホーム開催であったことから日本代表には大幅にレートが加算されていたため、負ければ失うレートも大きい。結果的にW杯直前の1849から終了時点の1823へとレートを下げて終わることになった。逆に2010、2022はPK戦=引き分けで大会を終えているのでレートも下がっていないというわけだ。

その後一時的にレート1800を下回るも、アジアカップ2004優勝などにより再び大きく上昇。この2001~2004年は大半の期間でレート1800を上回っていたため、日本代表の「黄金時代」と呼んでもいいかもしれない。意外にも海外組がほとんどいなかった時代のほうがレートが高かった。ちなみレート1800を超えた日本代表監督は事実上4人しかいない。2001~2002のトルシエ期、2004~2005のジーコ期、2011~2013のザッケローニ期、そして今現在の森保期。岡田期にも一瞬だけ超えているが。今後の日本代表がどうなっていくかは未知数だが、過去の3回はいずれも2年程度しか1800以上を維持できなかった。どんなチームであれ全盛期は大体2年くらいと考えていいのかもしれない。

さて、グラフを俯瞰してみると大きく谷のようにレートが下がっている箇所が2つある。2010年6月、ジンバブエに0-0で引き分けて1680。さらに2018年6月、スイスに0-2で敗れて1666。どちらも連敗が続いてた時期ではあるのだが、ワールドカップの直前であるという点も共通している。そう、「E-1選手権(東アジアカップ)」が開催されるタイミングでもあるのだ。E-1選手権は基本的にどのチームも欧州組を招集せず、特に近年は主力の大半を欧州組が占める日本にとってはベストメンバーとは言い難い戦力で戦っているが、Eloレーティングの扱い上は「公式戦」ということになり、レートの変動も大きい。2010年は中国とドローで-15、韓国に1-3で敗れて-44。2018年も韓国に1-4で大敗し-49もくらってる。2022年大会はコロナの影響があったとはいえ中国はアンダーチームを派遣してきてる有り様で、実態にそぐわない「公式大会」としての係数については見直してほしいところだ。

 

 日本だけではなく他国と比較するとどうなっているのか?まずは同じ東アジアのライバル、お隣韓国と比べてみよう。ここからはWorld Football Elo Ratingsからの引用画像になる。

サイトの仕様上、特定の国だけを選択して表示することができないのでちょっと見辛いが…2枚の画像はいずれも同じ表で、EAFF(東アジアサッカー連盟)の各チームがまとめられている。1枚目でハイライト表示されてる青のグラフが日本、2枚目でハイライトされてる黄色っぽいグラフが韓国。90年代序盤までは圧倒的に韓国のほうが上で比較にすらならないレベルだ。Jリーグ発足からは日本がグーンと急成長して追いつき、2000年代は全体的に日本のほうが優位になっている。2010年以降は抜きつ抜かれつ、現在にいたるまでほぼ互角…って感じ。ちょっと意外ではなかろうか?2000年代は韓国のほうが強くて、2010年以降日本に海外組が増えて来てから追いつき逆転した…という認識の人が多いのではないかと。まあここ10年以上Aマッチの直接対決で負けてないから、というのもあるだろうが。ちなみに2018年ワールドカップで韓国がドイツに2-0に勝った試合。この試合前のレートは韓国1676、ドイツは2044でその差はなんと368。試合後には±80のレートが変動しており、これはEloレーティングの歴史上でも3番目に大きな数値だそう。今回2022年大会で日本とドイツが戦ったときのそれぞれのレートは日本1787、ドイツ1963だったので、そこまで大きな差ではなかった。

ところで目についた人もいるかもしれないが、左上のほうで飛びぬけているこの緑色のグラフ…

これは北朝鮮代表だ。1960年代の北朝鮮はレート1800を超えており、今で言えば日本や韓国レベルの強豪国だった。1966年ワールドカップベスト8は伊達ではなかったということか。

続いてAFF(東南アジアサッカー連盟)の表。ハイライトされてる水色グラフはオーストラリアだ。AFC移籍後は地域連盟で言えばAFFの所属という扱いになっている。

シドニー五輪に向けて強化されたシドニー世代が強かったこともあり、90年代後半から2000年代前半は概ねレート1800以上の高い数値を記録している。2011アジアカップの準優勝くらいまではそれなりのレベルを保つも、それ以降は若干低迷気味というのがEloレーティングからも見て取れる。2006ドイツワールドカップで日本がオーストラリアに敗れたこともあり、「2000年代のオーストラリアは日本より強かった」という言説も根強い。しかしレート上は2000年以降、オーストラリアが明確に日本を上回っていた時期というのはほとんどない。上述したようにオーストラリアの全盛期=2000年代前半は日本にとっても全盛期だったからだ。韓国との比較でもそうだったが、強さのイメージというのは直接対決の結果に引きずられやすい。実際には第三チームも含めた総合的な成績で判断するべきなのだが。

こちらはCAFA(中央アジアサッカー協会)。ハイライトはイラン代表。2000年以降は安定して1700以上のレートを維持しているアジアの強豪国だ。特に2010年代後半からは1800を超えてアジアの一番手に躍り出る時期も増えて来た。欧州でプレーする選手もかなり増えて来たし、ポルトガル得点王のタレミ、ロシア得点王のアズムン、オランダ得点王のジャハンバフシュなど有力な選手も輩出している。イロレーティング的にも日本・韓国・オーストラリア・イランが「アジアの四天王」というのはやはり揺るぎなさそうだ。

WAFF(西アジアサッカー連盟)。紫はサウジアラビアだ。

アジアの伝統的強豪国のイメージがあるが、意外にもレート1700を上回っていた時期はほとんどない。それでも2000年代は一定の強さを見せていたが、2010年代に入ると低迷。一時期は1400台まで落ちてしまった。2010年代後半からなんとか立て直し始めワールドカップにも2大会連続で出場、レートも再び1700に近づいて来た…という感じ。

そしてアジアカップ2019優勝国カタール…。そこで稼いだレートがそびえたつ崖のようになっている。大会直前は1528だったのに、7試合で1774まで上昇。その後は徐々にレートを落としていき、ワールドカップでも結局3戦全敗だったわけだが…なぜアジアカップのときだけあんなに勝ちまくれたのだろうか?奇跡的にラッキーが続いたのかね…。

ところで今までアジアのチームを見てきたわけだが、とある点に気が付いた人はいるだろうか?

こちらはAFC全体のグラフをまとめたものだ。大変ごちゃごちゃしていて何が何やらという感じだが、最上部に注目してほしい。…そう、レート1900を超えたことのあるチームが一つもないのだ。日本だけでなくAFCの全チームが。アジアの最高値も2001年日本の1888。やはり1900はアジアの壁なのだ。今現在の日本のレートは1850。1900はあと数試合に勝っていけば十分に狙える数字なのでぜひとも達成してほしい。

おまけだが、こちらは中央アメリカのグラフ。緑色はメキシコだ。

なにかと日本代表のお手本、上位互換のように評されることの多いメキシコ代表だが、イロレーティングからもその評判は正しいと保障されている。日本代表は「調子のいい時期」でレート1800超えと言う感じだが、90年代以降のメキシコ代表は「悪くても1800以上」が基本。1900を超えたことも何度もあるし、2016年6月には1985を記録しあと一歩で2000というところまで近づいた。平均して日本よりちょうど100くらい高いということだ。ワールドカップベスト8を目指す、それが妥当だと言えるチームになるためにはやはりこのくらいの強さが必要だろう。